「純潔のイヴシリーズ」

「純潔のイヴシリーズ」における絵と文章には、起源となる出典は無く、そこに残されたのはただ在るという、頼りない実存としての作品です。しかし画面に散りばめられた記号は、自由な結びつきをもち、引用文の前後には無限の解釈の可能性が横たわり、只々物語を語り始めるのです。それはある種、実存主義的な絵画の体系です。

 

ある事柄に対峙した時、我々はその原因を求めると、原因の原因......と無限の後退をきたしてしまいます。仮に原因が分かったとしても、それは原因とする範囲を予め定めたうえでの推察にすぎません。いうなれば観察者の目から我々は逃れられず、原因の原因である起源は不在のまま我々の手からこぼれ落ちてしまうのです。ある意味で我々は起源を持たない存在として、現実に至らしめられているようです。

このことは私にとって宙に浮くような不安であり、だが同時にあらゆる連鎖を越えて自己が解放されてゆくという安心感があります。

私はこの感覚を、起源が不在の二次的な産物という構造を通して、作品を制作しました。それが、出典を持たない挿絵という今回のシリーズを制作する私の妥当性です。

 

 

そして私は作品を通して、観客にはあたかも自分の夢を読み解くように、物語を自由に読み解いて頂いき、時には今ある現実を逸脱し、最後には戯言と言い捨てて、新たな実存の場へと帰っていく。私の作品はそのようなプロセスを踏むための、装置であればいいと思います